2015年1月4日日曜日

Ubuntu Server 14.04.1 LTSのセットアップ(作成中)

サーバ機にUbuntuをインストールしたときのメモ。
バージョンによって自動的に入るパッケージが異なるので、設定方法が参考にしたサイトと多少違うこともあった。

環境

サーバ機:XS35V2
  • Atom D525(64-bit CPU)
  • ドライブ:120GB SSD、1TB SSHD
  • メモリ:4GB DDR3 SO-DIMM
  • 端子:USB2.0、Ethernet
  • 外部インターフェイス:ディスプレイ、キーボード
クライアント機:MacBook Pro (13-inch, Mid 2012)
  • Mac OS X Yosemite (10.10.1)
  • LAN内
  • X11
ルーター:Aterm WR8160N

2015年1月2日金曜日

2015

年が明けた。
仙台に来てからは、この時期に高くなる高速バス代を惜しんで帰省せず、アパートでテレビを見たりしながら年を越している。
今年は、去年と同じように、ガキ使と紅白とを切り替えながら、NHKで寺々を眺めながら2014年を終えた。
平成は27年目、自身も24年目で、20という数字に生きてからの年月の経つ速さが信じられない。
そういえば、干支も、2周して未年に戻ってきた。
僕はなぜか、亥から始まって戌で終わるように干支を覚えている。他人に言うと語呂が悪いなどと言われるが……

去年を思い返すと、空っぽのような1年だったように感じてしまって残念だ。
特に印象に残っていないのは、出来事がなかったからではなく、日常の捉え方に感受性がなかったからだろうと思う。
Twitterなどのログを見ると、ただぼんやりと思いつくことを呟いては、タイムラインを目に通して、またそんな生活を嘆くことに日々を費やしている。
毎日同じ言動を繰り返し、その日にあったはずの独自性を無視していて、そこには思考の積み重ねが見られない。
腹中には常に、期待か失望かのどちらかがあり、ときに数日、数ヶ月同じ対象にそれらの感情を引きずることがあった。
「期待」の字面は健全であるが、僕にとってそれは感情を固定化する言い訳の主役であり、きわめて否定的な概念である。
たとえば院試に合格するかしないかも、重いテーマだった。
僕の中にあるのは、はっきり言って病的な精神で、心の底から腐っているのだが、腐っている心自身では治療しがたいだろうから、より変えやすいだろう生活と身体の面からアプローチするほかになさそうだ。
おそらくは、期待と失望の帰結として共通する不安というものが、感情の中心にある1年だった。
12年、10年も同様の年だったので、どうやら1年おきの現象らしい。
今年は希望があるかもしれない。


先にも述べたが、絶望的な感情と無関係に、出来事はいくつかあった。

2014年12月19日金曜日

通帳コンプリート

今日は銀行に用があって、取引時間ギリギリに行ったのですが、ついでにATMで通帳を記入することにしました。
開いてみると残り1行しか空きがなく、どうなるのかなと疑問に思いつつ入れたら、「通帳を新しく作っています」との表示が。
通帳作るのって、窓口でいろいろ書類書いたりして手続きがめんどくさいのだろうと思っていたので、自動で作れるんだ!と感動しました。
新しい通帳が出てくるのをワクワクしながら待っていましたが、どうも時間がかかる。
記帳の音も止まってるしどうしたんだろうと思ってたら、表示が「係員が参りますのでしばらくお待ち下さい」に変わった。
まさか機械と人間の連携プレーだったとはなあ。
しみじみ考えていたら職員の人に窓口に呼ばれ、5分ほどで通帳をくれた。
言うことには、通常は自動で作られるんだけど、名前の漢字が特殊で、表に印字できなかったためこうなったらしい。
見るとたしかに口座番号と名前が手書きになっていた。

この類のトラブルは今まで幾度となく体験していて、例えば携帯のアドレス帳に登録するときとか、学生証とかではその漢字をカナにしてもらったりする。
入学時の学生一覧でも一人そんな感じだったので、韓国から来たと思われていたらしい。
最近あったこととしては、大学にある成績等証明書の自動発行機で、こないだJRの学割証を発行しようとしたら学生証を通しても個人情報を認識されなかった。
窓口で40分ほど待って得られた答えは、1年ほど前にシステムが変更されて、データベースの名前(漢字)と学生証の名前(一部カナ)が一致しないと発行できず機械で対応できないので、発行を希望するときには毎度窓口で手続きしなければならないとのこと。
面倒というほどではないのだが、成績や健康診断の結果を参照するときにそれを人に知られるのはあまり好きではない。

2014年12月17日水曜日

ネーミングセンスforコンピュータ

Ubuntuをインストールするとき、まずホスト名を何にするか聞かれます。
よく分からないけどあとで変更すればいいや、と適当に設定したら、作業中に一行一行ユーザー名とともにホスト名を目にすることになって、すぐに後悔。
/etc/hostnamesと/etc/hostsを編集して変更したのはいいんだけど、あちこちに元ホスト名の名前がついたディレクトリを発見。
幸先よくない気がしたので、インストールもあまり思い通りにならなかったし、とそのまま再インストール。
今度はこれでいいだろう、と身を落ち着けて、さっきまで文字化けと戦っていました。

実はホスト名とドメイン名の関係がよくわかっていませんでした。
ホスト名と言っても、ドメインまで含むFQDNを指すことが多いんですね。
メールサーバのホスト名も適当に設定してしまったし少し不安。
そんな中、ホスト名の命名規則に関するRFCを見つけました。Wikipediaからのリンクで。

RFC 1178
なんだか読みやすかったので最後まで読んでしまいました。
ホスト名の付け方について、勧められない場合、勧める場合を列挙しています。
勧められない場合に結構当てはまってて、自分のネーミングセンスにショックを受けました。
ただ注意するべきなのは、想定しているシチュエーションが、「オフィスに多数のマシンが並んでいる」場合のようなので、僕のように1台しかない場合や、ノートPCを持ち運んであちこちのネットワークに繋げる場合だと話が少し違ってくることもあると思います。
でもやっぱり参考にできる部分はあります。
あと、英語のままだと参照しにくいと思ったので、簡単に日本語でまとめておきました。
以下にあります。
暇かと言われそう。

サーバ機

僕のホームページを置いているサーバは今実家にあるんだけど、24時間つけっぱなしだと夜の騒音がひどく、電気代もかさむ上に、遠くにあるPCをメンテナンスするのは手間がかかって、一番のメリットのカスタマイズも思うようにできない。
ということでサーバを先月頭に購入した。
ShuttleのXS35V2に120GBのSSDと1TBのSSHD、4GBのメモリを取り付け。
参考にしたのは山本昌志先生のページ。参考にしたというよりはそのままパクった。
実家にいるときにネットで一式を注文した。メモリが何年か前に見たよりもずっと高くなってて驚いた。
ちょうど仙台に帰ったころに届き、2日くらいで組み立てた。
組み立ててる途中に、ディスプレイ(テレビ)に繋ぐ方法がないことに気づいて、VGAケーブルをヤマダ電機で購入。
翌日組み立ててから、今度はキーボードがないことに気づいて、またもやヤマダ電機で購入。
〆て35530円也。

そしてUbuntuをUSBメモリからインストールして、この1ヶ月でやったこと・・・
さっき、コンソールの日本語文字化けを英語環境にすることで解決しました。

Linux環境に早く慣れるようがんばります。

2014年11月9日日曜日

結婚式に行きました

8日は高知にいる親戚の結婚式がありました。
昼に横浜の実家から羽田へ向かい、飛行機で人生初の四国。
といっても降りて式場に直行したので、印象に残ったことなんて、仙台よりかなり温かいことくらいです。

意外と道路が混んでいて、始まる直前に到着し、家族とともに前から2列目に座りました。
前ではヴァイオリンとオルガンで、定番ながらG線上のアリアとパッヘルベルのカノンが演奏されたところで式典スタート。

まず白いスーツに身を包んだ親戚の新郎が背後のドアから入り、拍手で迎えられながら華やかなオルガンの演奏の中、前まで歩いてきて新婦を待ちます。
結婚式というものに出席するのは2回目だったのであまり知らずに、新婦も同じように迎え入れるんだろうと思っていたのですが、今度はヴァイオリンの、どこか叫んでいるような演奏が始まり、父親と一緒にウェディングドレスの花嫁がゆっくりと入場。
入ってすぐの所で母親によってベールが下げられるのを見た瞬間に、ああ、この人は今まで家族や旧友に大事にされてきて、それが遠い地へ嫁いでいく、離れていくんだなあと、うまく言えないのですが感極まっていきなり泣きそうになりました。
祝福と同時に、とても深い悲しみを見ているような気分でした。

式が終わるとすぐに披露宴で、最中にはプロジェクターで2人のいきさつや友人からのお祝い、思い描いている家族像が映し出されました。
僕がそこに感じたのは羨望と、圧倒でした。
夫婦それぞれが自分の生きがいのために臆する様子もなく自立的に活動してきたこと、相手や友人との深い信頼関係、そこから生まれる幸福を素直に受け止める能力・・・どれをとっても敵わないと感じました。
それはさておき、ウェディングドレスもお色直しした着物もとても綺麗で、これを大切な人に着せられることにかなり強い憧れを抱きました。
なんだかバラバラな文章になってしまいましたが、2人の幸せを応援したくなるような一日でした。

2014年11月7日金曜日

朝から魚を焼いている

1日1食の日が増えたにも関わらず1ヶ月の食費が変わらないことから、自炊のモチベーションを上げようと、3日前の夜にスーパーで買い物をした。
こういうときに買ったものの一定の割合は、そこにあることも忘れて後日ミイラとなって冷蔵庫から発見されるのだが、魚を家で食べてないからと自分に言い聞かせて、特に値下げされているわけでもない100円くらいのアジも手にとった。
総額2000円で、提示すれば3%オフになるカードを家に忘れたことをレジで気づいて、泣く泣く60円を手放した。

連日の夜更かしがたたり、昨晩は10時になる前に寝て、朝は6時に起きた。
珍しく早起きとなったので、消費期限を6時間すぎてはいたが、アジを焼いてみることにした。
ブログの記事にするほど、ふだん調理をしていないのである。
実際、魚を焼いたのも1年ほど前に一度蒲焼きを作ったきりで、4年目のグリルはその人生で2回目の着火を被ることになった。

「はじめての料理」とかいう本(なぜか自宅には初心者用の料理本が2冊ある)を見ながら、エラと内臓をとって洗った。
こういう処理も小学生のとき体育教室で行ったサマーキャンプ以来で、新聞紙がどんどん赤黒く染まって行くのを見て、食べられる部分が果たして残るのかを心配していた。
心なしかその目が悲しんでいるようにも見えた。
社会の闇を隠すように、内臓の乗った新聞紙をくるんで捨て、両面に塩を振ってグリルで焼いた。
その結果がこれである。
料理本通りにやったおかげで、見た目は期待より整った。
そこと差異があるとしたら、それは「丁寧に」とか「4〜5分」とかグリルの型番とか、その曖昧な表現のせいであり、論文としては失格である。
ちなみに論文ではない。
アジの味は、やはり古いせいか少し臭みがあったが、塩の加減がちょうどよく、おいしく頂けた。
以上が今日の朝ごはん。手が臭う。