2015年1月13日火曜日

Macでロケール環境変数を設定しようとした話

せっかくUbuntuサーバに日本語パッケージを入れたんだから、Ubuntu本体のシェルでは日本語入力できなくても、Macからsshで繋いで使えればいいだろうと思っていた。
Apple Terminalではクライアント側にシェルがあるので、Macの日本語入力メソッドがそのまま使える。
ちなみに、X11環境もあるのでxtermなどでも日本語を入力したかったのだが、サーバ側に日本語入力メソッドを導入しようと数日のあいだ奮闘して、挫折した。
とりあえずTerminalだけで我慢することにしたが、入力とは別に、一つ気になる点があった。
それはログイン時の言語設定だ。

Ubuntuでは、LANG=ja_JP.UTF-8とすると、dateコマンドやvimなど各ソフトウェアの表示が日本語になる、ことがある。
サーバ本体では日本語が文字化けしてしまうので、.bashrcにもLANG環境変数を特に設定せず、クライアント側で調整することにした。
(実は、シェル情報で条件分岐することにより、別のマシンだけ日本語にすることができるのだが、クライアントの言語環境を無視するのが気に食わず、グローバル化にこだわっている。)

2015年1月4日日曜日

Ubuntu Server 14.04.1 LTSのセットアップ(作成中)

サーバ機にUbuntuをインストールしたときのメモ。
バージョンによって自動的に入るパッケージが異なるので、設定方法が参考にしたサイトと多少違うこともあった。

環境

サーバ機:XS35V2
  • Atom D525(64-bit CPU)
  • ドライブ:120GB SSD、1TB SSHD
  • メモリ:4GB DDR3 SO-DIMM
  • 端子:USB2.0、Ethernet
  • 外部インターフェイス:ディスプレイ、キーボード
クライアント機:MacBook Pro (13-inch, Mid 2012)
  • Mac OS X Yosemite (10.10.1)
  • LAN内
  • X11
ルーター:Aterm WR8160N

2015年1月2日金曜日

2015

年が明けた。
仙台に来てからは、この時期に高くなる高速バス代を惜しんで帰省せず、アパートでテレビを見たりしながら年を越している。
今年は、去年と同じように、ガキ使と紅白とを切り替えながら、NHKで寺々を眺めながら2014年を終えた。
平成は27年目、自身も24年目で、20という数字に生きてからの年月の経つ速さが信じられない。
そういえば、干支も、2周して未年に戻ってきた。
僕はなぜか、亥から始まって戌で終わるように干支を覚えている。他人に言うと語呂が悪いなどと言われるが……

去年を思い返すと、空っぽのような1年だったように感じてしまって残念だ。
特に印象に残っていないのは、出来事がなかったからではなく、日常の捉え方に感受性がなかったからだろうと思う。
Twitterなどのログを見ると、ただぼんやりと思いつくことを呟いては、タイムラインを目に通して、またそんな生活を嘆くことに日々を費やしている。
毎日同じ言動を繰り返し、その日にあったはずの独自性を無視していて、そこには思考の積み重ねが見られない。
腹中には常に、期待か失望かのどちらかがあり、ときに数日、数ヶ月同じ対象にそれらの感情を引きずることがあった。
「期待」の字面は健全であるが、僕にとってそれは感情を固定化する言い訳の主役であり、きわめて否定的な概念である。
たとえば院試に合格するかしないかも、重いテーマだった。
僕の中にあるのは、はっきり言って病的な精神で、心の底から腐っているのだが、腐っている心自身では治療しがたいだろうから、より変えやすいだろう生活と身体の面からアプローチするほかになさそうだ。
おそらくは、期待と失望の帰結として共通する不安というものが、感情の中心にある1年だった。
12年、10年も同様の年だったので、どうやら1年おきの現象らしい。
今年は希望があるかもしれない。


先にも述べたが、絶望的な感情と無関係に、出来事はいくつかあった。